溶接一筋40年
今回は日本有数の造船企業の集積地今治市にある株式会社新来島どっくの技術者を代表して、数多くの船殻溶接業務に携わり、平成13年に高度熟練技能者(輸送用機械器具製造関係業種、溶接職種)に認定され、現在、搭載2係第2取付職長として活躍しておられます、竹縄洋一さんにお話を伺いしました。
まずは入社当時のころについてお聞しました。
「元々溶接に興味を持っていたし、友人もいましたので溶接を仕事にすることにしました。特別器用な人間ではありませんので、入社当時はうまく溶接できませんでした。先輩に怒られ叩かれ教えていただきました。今となっては信じてくれる人はいませんが、いわゆる『目を焼く』こともありましたし、上向きの溶接もなかなかうまくできませんでした。負けず嫌いな性格で、人ができることが自分はできないので腹が立ったものです。休憩時は早く昼食をすませて練習したり、業務終了後トレーニングハウスで練習しました。また先輩が電流、電圧等の条件をどう調節しているのか、又どういう運棒をしているのかを一生懸命見たり、わからないことがあれば質問して、試行錯誤しながら技術向上に励みました。」
以後懸命に技能の研鑽に努め、周りから一目置かれる存在になり、またご自身が言う『誰とでもすぐ打ち解けられる性格』であるため、比較的若い時に現場のリーダーを任されるようになりました。
「比較的若いときから現場のリーダーに抜擢されました。その現場には私より年上の技術者もいましたから、なかなか難しかったです。『あの若僧が・・・。』なんて言ってた人もいたかもしれませんね。この時一番学んだのは、自らが先頭に立って『動く』ことです。いくら口で言っても、人はついてきません。若かろうが現場をまとめるような立場の人間は、自分が先に一生懸命動いて、やってみせることです。そうすることで、周りがついてきてくれました。」
現在は現場で60名以上の技術者の指導、監督をされています。
「現在は、現場を指揮する監督を務めています。自社の技術者と協力業者の技術者、外国人研修生との連携がうまくいくよう段取りして、連絡を取り合い、いかに無駄なくスムーズに仕事を進めていくかを考え、実行するのが仕事です。また、外国人研修生は言葉の違いや文化の違いなどありますので、お互いがより理解し、しっかりとコミュニケーションが図られるように努めています。」
(写真上:株式会社新来島どっく現場、写真下:溶接業務をする竹縄さん)
溶接技術のポイントと技能継承への取り組み
造船の溶接方法が、被覆アーク溶接から半自動溶接へと移り変わっていく中で、竹縄さんはいずれの溶接方法でも社内トップの技術力を保持し、船殻溶接作業において上向、立向など難易度の高い溶接姿勢で欠陥のない高品質の溶接を行うことができます。特に炭酸ガス半自動片面溶接による船殻部品の立向溶接を得意としており、社内標準溶接条件を確立するなど会社の技術力向上に大きく貢献されています。また、財団法人日本溶接協会溶接コンクール被覆アーク溶接の部の今治地区予選に出場すれば毎回優勝し、昭和50年の愛媛県大会では2位になるなど、優秀な成績を修めました。技術向上のため普段から心がけてきたことについてお聞きしました。
「基本を守ることが何よりも大切です。体が振れることのないように固定した姿勢を保つことや、溶接開始前にスムーズに溶接ができるよう、周囲に障害がないかを確認するという工夫をしました。また、人に負けないという気持ちも大切だと思います。」
今治地区では株式会社新来島どっくをはじめ、造船企業数社が一体となって技能向上のための講習会を開催しており、竹縄さんは会社代表の講師としてご活躍されています。また技術は会社にとって財産であるとの考えのもと、自身の持つ技術は全て後進に受け継いでもらいたいとの思いで技能継承に取り組んでいます。
「複数企業の4、5年の経験を積んだ中堅クラス技術者を対象に技術的な交流や技術力向上を目的とした講習会を開催しています。4、5年の経験があればある程度のことはできますが、炭酸ガス半自動溶接の下向、横向など全ての姿勢や、溶接開始時のガスの絞り方、室内外における溶接の違いなど基本的なことから細かな部分まで指導しています。炭酸ガス半自動溶接は電流、電圧の調整が特に重要です。おかげさまで溶接技術レベルが向上しています。また、昔ながらの職人さんには『自分の持っている技術は盗まれたくはないし、誰にも教えない』と言う人もいましたが、私は逆で身につけた技能は会社の財産であると考えていますので、先輩方から教えていただいたことや、自分が習得した技術の全てを伝えています。また現場を見回っていて気づいたことがあればアドバイスをしますし、質問があれば答えています。」
次の世代の技術者については。
「私が口やかましく言う中、周りもついてきてくれていて、育っていると感じています。後任の現場を監督する立場になる人間には、自社の技術者と協力業者の技術者、外国人研修生がうまく連携できるように、私がどれだけ走り回って動いているか見せて学ばせています。現場を監督するための指導ではいちいち言葉で言うより、私の動く姿が一番であると考えています。」
技術指導とともに特に安全に関して力を入れ、後進の指導を行なっています。
「若手のときから安全に対する理解を深めてほしいと考えています。若いときにはあまり経験や余裕がない中で業務に従事するときもありますので、怪我してしまう可能性が大きくなります。朝礼、終礼で必ず言いますし、現場でもルールを守って業務を行っているか確認しながら現場を見回り、危険だと思えばすぐその場で嫌われてもいいから口を酸っぱくして指導しています。災害は絶対に出したくありません。」
愛媛県職業能力開発協会主催溶接講習会では、三浦精機株式会社宮岡成光さんと一緒に講師を務めていただきました。受講していただ学校教員の方から非常に好評を得ました。
「昼の休憩になってもなかなか手を止めない人もいたぐらい、非常に熱心でした。こちらが圧倒されました。たくさん質問をしていただきましたので、私も一生懸命指導させてもらいました。時間がはやく過ぎ、すごくやりがいを感じることができました。また、このようなことがあれば是非参加したいと思っています。」
(写真上:充実した設備のあるトレーニングセンター、写真中:竹縄さんが作成した溶接テストピース、写真下:講習会で指導をする竹縄さん)
若手技能者、若者へのメッセージ
若手技能者にメッセージをお願いします。
「ただ言われたことをそのままやるだけでは、技術力は向上しませんし、技術力のある人を見るだけではなく、疑問を感じたり、分からないことを質問することが大切です。また教えてもらって、もし分からないことがあれば必ずそのまま受け入れてしまうのではなく、その都度どんどん納得のいくまで質問してほしいです。例えば、はじめは電流電圧の調整方法、次に運棒の方法、その次は運棒のスピードといったように。そして、自分で納得し試行錯誤しながら、解決することで技術力が向上し、また少し高いレベルでの疑問が生まれてきます。更に指導者に質問をしていき、解決していくという繰り返しで、どんどん技術レベルが上がっていくと思います。積極的な技術者は将来指導者的立場になり、更に活躍していくでしょう。」
若者がものづくりから離れているという現状がありますが、ものづくりの魅力や船舶が完成したときの気持をお聞かせください。
「自分の担当した船舶が進水するときは何とも言えません。また、私の作業が船主さんや検査員さんなどから、高い評価を受けたときに、誇りを感じます。また、自分の努力や苦労、ものを作りあげた時の感動や喜びを、子供たちに話していくことがものづくりの重要さを伝えるのに良いと思います。そして、私たち技術者は船を造り上げるために働いていますので、完成させていくのは当然かもしれません。しかし、技術者はもちろん造船に関わる全ての関係者が、完成の日まで汗をかいて、歯を食いしばってやってきたからこそ、やっと完成の日を迎えられます。進水式の日、社長は我々に『ご苦労様でした。』と声を掛けてくれますし、私も部下に感謝の気持ちを込めて一言声を掛けるようにしています。この一言があるのとないとでは、全然違います。感謝の気持ちがあるからこそ、また次の船舶建造も頑張ろうと思うものです。」
今回取材させていただいた竹縄さんは、周囲の誰にもすぐに打ち解けられる性格と言う通り、気さくに取材に応じていただきました。現在の社内での生き甲斐は、技術を伝えていくことだそうです。現場では、厳しくも温かい指導をし、現場を離れたら、年齢の離れた若手技術者の皆さんと冗談を言い合うなど、本当に慕われ、信頼されている様子を伺うことができました。また、今治地域企業が一体となって講習会を開催するなど、活発に技術レベルを向上し、技能継承への取り組みがなされていることを知ることができました。そして、日々運行している船舶や、ものづくりによって生まれた私たちの身の回りにある様々なものは、技術者の皆さんの思いと大変な努力が込められていること、ものに対して感謝の気持ちを忘れてはいけないことを改めて気付かせていただきました。
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