優秀な先輩を追い抜きたい
今回は、ボイラー圧力容器製造加工事業を行っている三浦精機株式会社の製缶部門を代表して生産一課長の宮岡成光さんにお話を伺いました。宮岡さんは県内高等学校工業科を卒業後、三浦工業株式会社に入社。加工課に配属され、ボイラー第一種圧力容器の部品組立や電気配線業務に3年間従事されました。
「加工課に配属され1年目にまず学んだことが、いかに品質のよいものを作るかです。作るものは、圧力容器ですから、もし溶接がうまくいっていないとどうなるか・・・。事故が起きれば、お客様が怪我をし、亡くなってしまうかも知れません。」
いまでは全国トップレベルの実力を持つ宮岡さんですが、初めからうまくいったわけではありません。日々業務をこなし、また業務後や休日を利用した自主的な練習にも取り組みました。
「ある一つのボイラー容器を作っているとき、私だけうまく溶接できなくて残業になったことがありました。溶接すると金属が縮むことになかなか対応できなくて、夜遅くまでかかってしまいましてね。この時、もっと技量を上げないといけないと痛感したものです。」
また、非常に優れた技術を持つ先輩、上司の方が県内技術コンクール等で優秀な成績を修めていることを目の当たりにし、大きく刺激を受け、自分ももっと技量を上げたいというモチベーションになったそうです。
「県や社内のコンクールで、先輩、上司の方々が優秀な成績を修めているのを見て、純粋に凄いなと思いました。私も将来このようになりたいと。」
まだ溶接を始めて間もない頃に、溶接技術コンクールで2位の成績を修め、その後の数年間、成績は上位入
賞ではありませんでした。
「自分もやったらできるんじゃないかなという手応えを感じましたが、2位になったのは、たまたまの事だったんです。しかし、たまたまでは溶接の世界では通用しません。常に安定しないと信頼は得られません。」
この頃に、上司の方のある一言が大きな励みになったそうです。
「当時の上司とのコミュニケーションの中で、『お前は溶接をなめている。』と言われました。今でもどういった意味で言われたのかは、はっきりわかりません。しかし、その一言が非常に心に引っかかりましてね。自分の溶接技術を見直し、より技を磨きました。その後の私の姿を見ていただいてくれたのか、滅多に褒めることのないその上司に、最近になってやっと褒めていただき、大変嬉しかったです。」
(写真上:三浦精機株式会社)
(写真下:ステンレスパイプをTIG溶接している宮岡氏。回転装置にパイプをつかませ、足でスイッチを踏み込み回転させながらの溶接。高度な技術が要求される。)
溶接技術のポイントと技能継承への取り組み
宮岡さんの最も得意とする溶接方法は、被覆アーク溶接です。被覆アーク溶接とは、溶接棒を使い、2つ以上の金属材料等を溶解状態にして、接合させる溶接方法です。近年金属材料や製品に対し、高品質化や、低コスト化等、要求されることは年々高レベルになっています。また、特性に応じた金属を選ぶには、経験や知識が必要であり、溶接の際には、電力、電流などその都度、的確な条件に設定しなければなりません。宮岡さんはその条件を管理しながら、欠陥の入らない溶接をすることが可能です。
技術向上のためのポイントはどういったことでしょうか。
「技術は教えられるものではありません、人の技を盗むものです。ある段階までは我流で練習するばかりでしたが、自分より上手い人が一体どうやっているのかを見て研究しました。溶接には、特に電流、電圧など様々な条件がポイントになります。上手い人がどのようにしてその条件を微調整しているのか研究し、身につけるべきです。また性格もあるかもしれませんね、私は同僚や部下には負けるわけにはいかないと思い、技を磨いた部分もあります。コンクールで結果としてはっきり表われてきますから。」
溶接の走らせ方については。
「まずは走らせるときの姿勢ですね。姿勢が非常に重要だと10年ぐらいしてから再認識しました。またどこから走らせるのかもポイントです。100mm程度の溶接でも、やりやすい部分から難しいところへと走らせがちですが、それでは難しいところの品質確保は出来ません。難しいところから、段々と楽なところへと走らすのが秘訣です。そして、『裏を出す』ことがポイントですね。『裏を出す』というのは独特の表現ですが、意味はしっかり裏まで溶接することです。コンクールでは、外観の美しさも重要視されますので、少し控えめにしてしまうと裏が出せません。控えずに、いかに『裏を出す』ということを、ポイントにするのが大切です。そこを意識することで、大きく練習方法が変わりました。穴を開けずに、尚かつ継ぎ目ができないように走らせられるようになるまで、10年位はかかりました。」
毎年開催される愛媛県溶接コンクール(被覆アークの部)では、平成7年から平成9年の間、3連覇を達成するなど常に上位成績を修め、全国大会でその技を競ってきました。また、三浦工業株式会社をはじめグループ会社で毎月溶接技術コンクールを開催しており、また愛媛県溶接技術コンクールにも社をあげて参加し、技術の維持、更なる向上を図っています。宮岡氏は、コンクール等の出場者に対して積極的に技術指導し、また社内でOJTを中心に技術指導を行うほか、ボイラー溶接士育成のための座学や実技指導も行っています。
「確かに昔は人の技は盗むものだといったような厳しい面がありましたが、いまは教育システムを整えています。わがグループ会社は資格を4段階にわけ、段々と上級にしていくためのシステムをつくり、資格取得を社をあげてサポートしています。また実技も重要ですが、ボイラーの仕組み、構造、溶接機などの知識を身につけることも大切です。年々品質が向上する金属材料や溶接棒、それに伴い溶接技術も向上していく必要があります。与えられたものだけでものをつくるのは簡単ですが、新たに何か作るとなったときに、材料の選定から始まり、この部分ではこの溶接棒を使うといった判断は、幅広い知識がないとできませんからね。」
(写真:愛媛県職業能力開発協会主催溶接技術講習会で技術指導をする宮岡氏)
若手技能者、若者へのメッセージ
今では、目標とされる存在となった宮岡さん。自分を後に続く人が「追い抜く」ための目標にしてほしいと言います。
「後輩達には抜いてもらいたいです。平成21年度のコンクールでは、グループ会社三浦マニュファクチュアリングの上田君が最優秀賞でした。彼に続くような人材が我が社からも出てくるように、私自身も技術の向上に努め、また後進育成も力を入れています。」
後輩の皆さんも、宮岡さん達熟練技能者を追い抜こうと必死になって、毎日技術向上に励んでいるようです。
「昔とは違って教育システムを整えていますので、以前よりは短期間で一定のレベルまで到達することが可能です。しかし、そのレベルから抜き出るのは難しいです。抜き出るためには、いろんなことに興味を持つことが必要じゃないでしょうか。普段の生活の中で、例えば建物、遊具などがどのようにして溶接されているのだろうと。また、教科書には技量は少ししか書かれていません。あくまで、自身の努力次第です。やはり、自分よりきれいに溶接している人、ものがあれば、実際に見て盗み取り実行してみることです。また、その結果と条件を見つめ直すことにより、新しい事を考えられるようになります。基本は簡単な事ですが、技術を向上するには細かな点が多くあります。焦らず一つ一つクリアしていってほしいです。」
若者がものづくりへの興味、関心を失いつつある現状についてどのようにお考えでしょうか。
「ものづくりは『楽しい』と言いたいですね。一つの製品を任され、材料を加工し組み立て製品となり出荷されます。それがお客様のもとで使われることにより、社会のお役に立つことは、本当に大きな喜びです。」
今後の夢について語っていただきました。
「後輩や若手技術者に負けないことです。自分がこの先もずっとやっている姿を見せて、年齢を取ってもやっていけるんだということをわかってほしいです。そして講習会等で出会った若手技術者が育っていって、どこかで活躍しているところを見たり、聞いたりできれば嬉しいです。また、高度熟練技能者として認定され社外の講習会での講師体験を通じて、協会、他社の技術者、学校の教員の皆さんにお会いすることができたのは、とても良い刺激となっています。今後もそのような機会があれば、是非参加したいと思っています。」
これまで当然のように通常業務を終えた後、遅くまで残って練習したり、また休日にも練習に励むなど、仕事
一筋で技術を研鑽しておられますが、随一の楽しみは家族と過ごすことと言う、家族思いの一面も。
「ここまで私が技術を磨いてこられたのも、理解ある家族のおかげです。感謝しています。」
今回取材させていただいた三浦精機株式会社を始め、三浦工業株式会社のグループ企業全体で、技術力の維持、向上のために資格取得システムを整え、技術コンクールを開催するなど積極的に人材育成に力を入れられており、また技術者の皆さん自身も互いに切磋琢磨し、熟練技能者から若手の技能者へ技が継承される企業風土が醸成されているように感じられました。種々の産業界、企業においても、宮岡さんのような卓越した技術を持つ人材を原動力として、企業と技能者が一体となって、技能向上に取り組むことが、技能継承において本当に重要であることを痛感させられました。
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