偉大な父の後を継ぐ
安部久米雄氏は左官業を営む安部家のご長男としてお生まれになりました。その父好雄氏は、類い希なる指導力を発揮し、戦後復興期の今治地方左官業者組合をはじめ数多くの左官組織を再建、設立し、愛媛県左官業組合連合会長等を長年にわたって務めるなど、生涯を左官業界発展に捧げ、業界では言わずと知れた方でした。厳しい父のもとでの修業時代について伺いました。
「もの心ついた頃から、跡継ぎであると意識していました。県下一やかましい、厳しいと言われた父です。現場はもちろん家でも『父と子』としてではなく『師匠と弟子』という関係で、いわゆる親子関係は感じたことはありません。周りに誰がいようともが怒鳴られ、たまにもの凄く怒られたときには、若気の至りで『もうやめる!』なんて言って、途中で家に帰ったこともありました(笑)。でも、そういった環境でしたので人間的にも鍛えられたと思います。」
どのようにして技術を磨かれてこられたのでしょうか。
「1日に2回休憩がありますが、その休憩時間こそ弟子が技術を磨く時間で、必死になってコテを動かして壁を塗る練習をしていました。ご飯を食べる時間なんてなかったね。技術は手取足取り教えてもらうものではなく見て技を覚えるものでしたので、仕事中は師匠先輩方の技、動きを真剣に見て技を磨きました。」
昭和41年2級技能士資格取得後、昭和53年には一級技能士資格取得に続き、かわらぶき、モルタル防水工事の一級技能士資格も取得されます。検定試験の様子については。
「当時は受ける人数も多かったです。私が受検した頃は60人以上はいたかな。同僚や友人らと競争みたいに。私も負けん気が強く、通常の業務が終わってから夜遅くまで課題の練習に熱心に取り組みました。その練習の成果もあって、課題作品を綺麗に仕上げることができ、資格を取得しました。」
(写真上:父安部好雄氏、写真下:父好雄氏の生涯をつづった本『我が旅路』と、昭和38年から毎月発行し続けている『今治地方左官業者組合だより』は500号を超えました。)
塗り壁に勝る壁はない!
自然の素材を使う塗り壁は、調湿効果に優れ、結露を防止し、エアコンの効きもよくなるなど省エネ効果があり、また建材や合板から出る有害化学物質を吸収し分解するので、健康にも非常に優しいことがわかっています。その良さをもっとお客様に伝えていきたいと語ります。
「左官は職人の集まりですのでいわゆる宣伝や営業となると難しい部分があり、これまであまり塗り壁の良さをお客様に伝えられてない部分があったと思います。コストの面で、やはり塗り壁というのは高くなってしまうかもしれません。しかし、それ以上に将来的なことを考えると耐久性に優れ、人の体に優しい、環境に優しいという長所があります。これほど日本の風土に合う壁は、塗り壁以外にないと考えています。」
平成20年に愛媛県で社団法人日本左官業組合連合会主催の第8回伝統工法及び現代工法継承研修会での四国ブロック会議(四国4県から158名参加)が開催された際には、「木舞下地漆喰工法」と題して、研究意見発表と実技指導を行い、参加者から非常に好評を得たそうです。
「だいぶ前から時代の流れとともに、新工法で建てられる住宅、建築物がほとんどになりました。左官の仕事は、年々少なくなってしまっているのが現状です。だからといって我々が師匠先輩から受け継いできたこの伝統工法をなくしてはいけないと考えています。そのためにも研修会等を開催し、伝統工法を知らないお客様や若手技能者にその良さを伝えることが我々の使命です。」
(写真:2008年現場風景)
技能の継承とものづくりの大切さ
昭和57年には第2回技能グランプリに愛媛県の選手として初めて出場されました。惜しくも上位入賞とはならなかったものの、その経験が現在までの技術の向上に大いに役立っていると語ります。
「愛媛県職業能力開発協会の方に参加を勧めていただきました。当時私の技術はまだまだですから初めは断ったんですが、やってみようと。この大会に向けて約一ヶ月間朝からぶっ通しで練習しました。これだけ練習したら、大丈夫だと思うぐらい。でもね、それが油断になったのかもしれなかったです。それはいざ競技となると、自分が練習していた材料とは違うものだったので、少し焦りました。それが響いたのか残念ながら上位ではありませんでしたが、いままでこの経験を教訓にして技術を磨いてきました。この経験があるからこそ、いまの自分があります。本当にいい経験をさせていただきました。一生の思い出です。」
その経験を活かし、技能五輪や社団法人日本左官業連合組合主催の技能競技大会の県下参加選手の指導育成を長年務めてこられ、今治左官業者組合青年部副部長亀田伸氏(亀田工業)は平成元年全国左官技能競技大会で準優勝に輝き、また技能グランプリにおいても上位入賞者を多数輩出してこられました。
「亀田君も家業が左官で、技術や人間性も素晴らしいものを持っています。今後愛媛県左官業組合連合会の中心としてやっていくことでしょう。」
また平成17年度より安部氏を中心に、左官組合の皆さんが毎年職業訓練校訓練祭りや小学生を対象にしたものづくり教室に積極的に参加していただき、ものづくりの大切さや楽しさを伝える活動を行っています。ピカピカどろ団子や石膏型抜き体験教室は非常に好評で、毎年開催依頼をいただくほどです。
「左官の仕事は、ものづくりです。出来上がったものへの満足感、喜びは大きなものがあります。学生の皆さんには幼い頃から体験教室を通じて、ものづくりの面白さを是非実感してほしいね。」
(写真:平成21年ものづくり教室で小学生にぴかぴかどろ団子と石膏型抜きを教える安部氏と亀田氏)
若手技能者、若者へのメッセージ
現在の若手技能者は、住宅等建築物の建築方法が大きく変わったため在来工法を学ぶ機会自体がなくなっているそうです。そのため伝統工法と現代工法に対応することを目的とした講習会を開催するなど、後進育成と技能継承に力を注いでいます。
「若手は在来工法を学ぶ機会がないままに仕事をしていますし、我々が左官という仕事の魅力や在来工法の大切さを若手に伝えられていないのかもしれません。若手は持っている道具も、コテの使い方もなかなかね・・・。特にコテの使い方はしっかり身につけてほしいです。在来工法の技術を学んでおけば基本が身につき、どの工法にも対応できます。左官の技術も短期間では身につきませんが、じっくり学んでいってほしいです。」
趣味は尺八です。30年の経験を持ち、県内小中学校で尺八体験教室を開催したり、海外で演奏したこともあるその腕前を披露していただきました。
「尺八の師匠に人間天狗になってしまったらお終いだと教えていただいており、それは左官の世界だけではなく、全てのことに通じるものがあるんじゃないかな。まだまだ腕前はたいしたもんじゃありませんが、生活の中で嫌なことを忘れて夢中になれます。趣味を持つことは、仕事にも役に立ちますよ。」
ご自身もまだまだこれからも勉強であり、もっと修行を積まないといけないと語ります。
「何年やっても自分の技術には自信はありません。ただ私は技術的な知識を持っているだけです。いまはこれまで左官業界で仕事をさせていただき、育てていただいたことへの恩返しの意味を含めて、人のお世話をする仕事をさせていただいています。人のお世話というのも難しいね。何をするにしてもああしとけばよっかたなと後悔の念があります。何事も奥が深く、死ぬまで勉強です。」
(写真上:2004年技能検定試験・中央に技能検定委員を務める安部氏 写真下:今治市ご自宅にて)
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