銅が教えてくれる
久保さんが生み出した日本で唯一の技法「空打ち」について伺いました。空打ちとは、従来の鬼飾りの中の心木に銅板を張る技法とは違い、厚さ1.2mmの銅板のみを使い、金槌で打ち出して形作ることによって鬼飾りを作る技法です。空打ち技法で作ることにより、従来の技法で見られた鬼飾りの中の心木が腐って痛むという問題点を解決しました。
「この空打ちをやっている人は、いまでも私以外いません。鬼飾りを作る職人自体ほとんどいませんしね。見たらなんでも作る自信はあります。神社や展示会で初めて私の作品を見た人は、本当に銅板を叩いて作ったのかとよく驚かれます。」
作り出す前のある大事な作業について教えていただきました。
それは、デザインを描くことです。
「まずはデザインを描きます。ここは叩いて膨らませよう、ここはへこませようなどと想像しながら、全て頭に入れます。あとは、デザイン通りにコツコツ打ち出していきます。 私は人が作らないもの、やらないことをしないといけないという思いを持っていますので、神社に面白い飾りがあればじっくり観察したり写真に撮ったりしてデザインの参考にして、研究しています。そして、デザインの発想が湧いてきて、『よし、作ろう!』という気持になるんです。ただ、デザインを考え出すことは、いまでもなかなか難しいです。」
この空打ち技法は、コツコツと長時間をかけて一つの作品を生み出しますが、作業中のお気持ちはどのようなものでしょうか。
「根性がいります、何回も一生懸命叩いてやりますから。叩いている内に、段々と良い色になっていき、形になっていきます。途中で嫌になったこともありますよ。しかし、『途中でやめたらいかん、ここまでせっかくやったんだから。』と思い再び作り始めます。また夜寝ていても、作業をしている夢を見ながら自然と手が空打ちをするように動いていたこともよくあります。そうやってコツコツと地道に諦めずに叩き続け、寝ている間も考えるぐらい必死にやってきたから現代の名工として認めていただけたんだと思います。」
銅は叩くと少ずつ伸びるという特性があるので、他の材料に比べてやりやすいそうです。
「銅板に金槌の痕が残っている方が綺麗にみえるでしょう。あえて痕を残しています。このような作り方でやっている人はいませんから、勿論教えてくれる人はいません。だからカンカン叩いて、銅に教えてもらうんです。横から叩くのか、上から叩くのか、どうやって丸みを帯びた形を作るのか。銅ができないものはできませんし、できるものはうまいことできてくれます。」
念には念を入れて
学生時代、工作や絵を描くことは、誰にも負けたことがなかったそうです。
「子供の頃から手先が器用で、遊び道具など自分で何でも作っていましたし、絵を描くのも得意でした。だから鬼飾りを作ったりデザインできるんですよ。生まれつきかもしれません。」
学校を卒業後、建築板金工として厳しい修行時代を経て独立します。
「いまで言う現代の名工になるような人に弟子入りし修行しました。昔の教え方は本当に厳しかったです。しかし、どんなに叱られようとも歯を食いしばって我慢して修行しました。とにかくやるしかないという気持ちでした。1歩、2歩と下がる時間はありません。その後、自分なりに必死になって技術を磨き続けてきました。」
長年数多くの銅板葺き屋根を手がけてきました。夏と冬の温度差で銅板が伸縮することによって発生する屋根の傷む問題を解決する方法を考案して、耐久性に優れた屋根造りを実現するなど、一心不乱に取り組みました。
「私のやり方は人とは違います。釘で言えば通常より長いものを使用して、使用する本数は倍以上の本数を使用します。熱心さは他の人には決して負けません。私が手がけた屋根は、台風が来ても一度も飛ばされたことはありません。人より立派に、年月が経っても痛まないように、そして綺麗にとの思いです。昔はよく『念には念を入れて』と言ったものです。」
平成7年の阪神淡路大震災の時には、神戸の生田神社震災復興事業に参加し、鬼飾りを5つ寄贈されました。
「当時テレビニュースで神戸の惨状を見て、これは大変なことが起こってしまったと感じ、何か役に立てることはないかと考えました。そこでまだ震災間もない頃、生田神社を訪ねて鬼飾りを作らせていただけないかとお話させていただきました。半年間心を込めて懸命に作り、納得のいく鬼飾りが完成しました。取り付けさせていただいた際には、神社の方々に非常に感謝していただきました。
また、孫が修学旅行で生田神社を訪れた際、その鬼飾りを見たらしく喜んでくれましたね。」
衰えない創作意欲
これまで沢山の鬼飾りや工芸品を作ってこられましたが、これからももっと作品を作っていきたいと語ります。毎年11月に開催される愛媛県職業能力開発促進大会にも毎回出品され、多くの方を魅了しています。
「仏像や龍などの生き物や動物を作っていきたいです。死ぬまで決して作品作りは止めません。」
〜久保さんの創作意欲溢れる作品〜
◇愛媛県職業能力開発促進大会 展示作品
(平成18年度)
(平成19年度)
(平成20年度)
(平成21年度)
◇愛媛県指定有形文化財「萬翠荘」の屋根飾り
他業種との連携
数年前に行われた松山城改修を記念し、「しゃちほこパン」が作られ当時大きな話題を呼びました。このパンを焼くのに使われる金型は、久保さんが製作したものです。
現在も愛媛マイスター佐田悟さん(松山市・パン職人・(株)ウエスタン)がその金型を使って、「しゃちほこパン」を焼いています。
(写真右:しゃちほこパンの金型)
「しゃちほこの写真や模型を見ながら、作りました。この金型1個あたり、2〜3日ぐらいで作ることができます。さすがにパンは焼けませんが、形のわかるものならなんでも作りますよ。」
佐田さん談
「私一人の力だけでは実現できなかったことです。他業種の職人さんと触れ合うことは、いい刺激になりますし、パン職人としての技術向上にもつながります。銅板一枚を叩いて形を作ること、そして綺麗に左右対称で作る技術に大変驚きました。」
若者へのメッセージ
「達者なのはお酒を飲むことと口ぐらいよ。」と笑いながら謙遜される久保さん。が、空打ちの後継者のことに話がおよぶと、表情が曇りがちになりました。
「誠に残念だが、空打ち技法の後継者はいない。私の修行時代とは異なり、いまの若者は叱られるとすぐ落ち込んで辞めてしまいます。私は死ぬ気で努力して技を磨いてきました。今でも仕事を止めてしまったら死んでしまうようなものです。お金のためにやろうとしても、なかなかできることじゃありません。そうやって仕事をやってきました。現代の若者は、昔の貧しい時代を生きてきた人間とは考え方が異なるでしょうが、精だして自ら工夫してもっともっと努力して、自らの道を切り開いていってほしいものです。」
以上の言葉の中に伺えるのは、技能を受け継ぐ若者の出現を本心待ち望んでいる気がします。一生現役と公言する久保さんの今後のご活躍と、「空打ち」技能が無事次世代に継承されていくことを祈ります。 |